三国志(25)です。

周瑜を呉軍から骨抜きにしたい曹操は、周瑜の旧友・蒋幹を送りこんだ。
しかし周瑜は、蒋幹を利用して、曹操に水軍提督・蔡瑁を殺させた。
孔明がこの謀略を見抜いていることを知った周瑜は、孔明に十日で十万本の矢を作るよう無理難題を吹っかける。
孔明は三日で“作る”と宣言し、ワラ人形を積んだ船を出して曹操の陣に夜襲をかけた。
曹操の大艦隊に圧倒された周瑜は、戦旗が当たったことを口実に寝込んでしまう。
周瑜の不安を察した孔明は、火計を用いるには東南の風が必要だと説く。
孔明は祭壇にたち、風を祈る。
東南の風を呼び起こした孔明は、周瑜のもとを去り、敗走してくる曹操を迎え討つ準備を整える。
周瑜率いる呉軍は火攻めの計で、曹操に一大決戦を挑む。
赤壁の戦いに勝ち勢いにのる呉軍は、南郡攻略を開始した。
周瑜は出陣を前に、玄徳のもとへ赴き、呉より先に南郡を取るなと釘を刺す。
呉軍は夷陵城に閉じこめられた甘寧救出に向かい、曹軍に打撃を与える。
曹軍の諸将は命からがら南城に逃げこんだ。
南城を包囲され、切羽つまった曹仁は、曹操が万が一の時にと記した一巻の秘策の書を開く。
荊州、南郡、襄陽を手にした玄徳は国力強化のために、南征軍をおこした。
玄徳軍は零陵城を落とし、桂陽へと駒を進める。
先陣争いに勝った趙雲は、桂陽太守・趙範を降伏させた。
趙範の兄嫁を巡る騒動で、趙雲は命を狙われるが、機転をきかせ難を逃れる。
趙雲に手柄を立てられ面白くない張飛は、孔明にかけあって、武陵城へ出陣する。
孫権は合肥城攻略に手を焼いていた。
太史慈の奇策も失敗に終わり、呉軍は南徐まで敗退した。
ジリ貧の呉は、劉gの病死をきっかけに、荊州返還を玄徳に迫ってきた。
孔明は一通の証書を書いて、魯粛を追い返した。
これを知った周瑜は、孫権の妹との縁談を玄徳にもちかける。
孔明は趙雲に三つの秘策を授け、玄徳を呉に送り出した。
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